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さよなら平成23年 

地元に帰るべきか、この地に残るべきか、子供達の今後の人生にも影響する

問題が、一応解決したことでスッキリと一年を終えることが出来そうだった。

前の年あたりから子供達が「来年は神戸に帰る」と近所で言いまわっていたので

町内の集まりがある度に私も妻も「本当なんですか?」とよく尋ねられた。


今現在、0~5歳児は結構沢山いるのだが、小4~中学生までが極端に少なくて

この記事の時、6年生にいたってはウチの長女しかいないという状況でいわゆる

「谷間世代」の貴重な子供が3人も居なくなるというのは町内の子供会にとっても

大打撃になるらしく、妻はよく「絶対帰ったらダメですよ、許しません!」と冗談半分

で子供会のお母さん方から釘をさされていた。

私のほうも所属してる町内の体育部の部員さん達から「来年は絶対に部長をやって

もらわないといけないので絶対帰ったらダメですよ」と言われ続け、役所勤めの

部員さんからは「住民票は出さん」と、これまた冗談半分で「脅迫」されていた。


7年前、身内はおろか1人の知り合いさえいないこの町内に引越してきたのだが

確かに皆さんいい人ばかりだったとはいえ、完全アウェーの田舎で周りの信頼を

勝ち取るには、それなりの努力を要した。

また子供達はこれといって何のとりえもなかったが、会うひと会う人に「○○ちゃんは

いつも元気に挨拶してくれて気持ちいいわー中学行ったら楽しみやねえ」などと

言ってもらえると嬉しくて、やはり子供達のためにもここに残るのが最善のように

思えた。



そして12月・・・

ニャアコの登場によってあまりにも濃密だった9~11月の日々にくらべて、

「師走」という名前の如く、1ヶ月があっという間に駆け抜けていった。


12月になるとさすがにニャアコも外に出ることは少なくなったが、1度だけ夜中に

脱走したことがあった。

そしてこの唯一の脱走が後々、大きな意味をなしてゆくのだが、このときはまだ

全く意識していなかった。


初雪が降ったクリスマスイブにサンタクロースがささやかなプレゼントを子供達に

置いていってくれたあと、あっけなく平成23年は幕を閉じたのだった。



この1年は東日本大震災によって甚大な被害と、今もなお癒えない沢山の悲しみ

が残された、忘れてはいけない年だった。

明日からの平成24年がすこしでも良い年になるようにと願いながら除夜の鐘を聞いた。

P1000484.JPG

カエルちゃんは、すぐに田んぼに帰りましたのでご安心ください[黒ハート]




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青竹

いかに良い人が多い町内といえども
そこで認められるためには、それなりに
気苦労も多く、努力もされたことと思います。

by 青竹 (2012-06-25 11:32) 

irodoriusagi

青竹さま
そうなんです、近所付き合いにしても仕事にしても
、認めてもらうためには努力して信頼を得なければ
と、つくづく実感いたしました。
by irodoriusagi (2012-06-26 05:24) 

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