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続・「死」の誘惑 (中編) [続・「死」の誘惑]

ブラック企業によって過労死させられた青年の、
遺された恋人が彼の両親と共に裁判を起こす物語、
村山由佳さんの小説「風は西から」

モデルになっているのは和民の女性従業員の自殺と、
その後の遺族による裁判と勝訴であろうというのは
読んでるとピンとくるでしょうが、この作品では
亡くなるのは健介という青年であり、彼の恋人・
千秋が、いずれ「お義父さん、お義母さん」と呼ぶ
ことになっていたはずの健介の両親を支え、また
彼女自身も支えられながら裁判を闘ってゆきます。

何の予備知識もなく、たまたま読み始めた時、
店長を任されてる健介の店が、まるでコントの
ように次から次へとハプニングに襲われてる描写が
数日間に渡って繰り広げられていました。
この時は連載がもう中盤に差し掛かっていたのだが
、あらためて新聞のバックナンバーで最初から
読んでみると、最初の頃から既にブラック居酒屋の
店長として苦悩する健介と、上司や同僚に恵まれて
充実した毎日を過ごす千秋とのすれ違いが対照的に
描かれていて、お互い思いあっていながらも
見えない溝が日に日に広がっていっていました。

やがてこの、しっちゃかめっちゃかな騒動があった
数日後、健介は店の売り上げにマイナスの日がでた
ということで本社に呼び出され、ずらりと勢揃いした
幹部連中に、人格まで否定されるかのような徹底的な
吊し上げをくらう。しかもこの中にはあの日、ただで
さえ混沌とした状態の店にわざわざ客としてやって
来て、嫌がらせのように料理を注文をし、状況を更に
悪化させたバカ上司が居て、健介を擁護するどころか
店長としての采配が全くできてなかったなどとぬかす
のです。

そして極めつけに、途中からこの「吊し上げ会議」に
遅れてやって来た、あの和民の経営者クリソツの社長
に弁解の余地もなく無能の烙印を押されてしまい
ます。

どうやってその場から解放されたのかも覚えてない
くらいの放心状態で、帰りのタクシーの運ちゃんに
心配されるほどの死相を顔に張り付かせ、フラフラに
なりながらようやく帰りついた自分の店で待っていた
のは、休憩室のドアの向こうから聞こえる、店長で
ある自分をバカにし、陰口で盛り上がるバイト連中の
嬌声でした。
愕然としながらも、無理矢理に明るい表情と声で
ドアを開ける健介・・・
これはねえ、リアルタイムで読んでる時に思わず
涙が出ました。

この、わざとおどけて休憩室に戻ってゆく描写の
あと、翌日から千秋視点の物語となり、健介の
言葉や態度に一喜一憂し、心配する千秋の想いも
虚しく、健介は自ら命を絶ってしまいます。

最初に読んでた時は、この現実離れした千秋の献身
ぶりに、ここまで自分の事を愛してくれる恋人が
いるのに、自殺なんかするんやろうか?と思って
ましたが、その後、私自身がいろいろあって、
他人にはわからない、本当に死にたくなるような
事もある、という境地に触れました。

しかし彼の死後、実態を調べてゆく中で、なんと
あの「吊し上げ会議」を受けた翌週、またも店の
売り上げでマイナスを出してしまい、2週連続で
呼び出しをくらう事になっていたというのです。

健介の心はここで折れてしまったのでしょうか…

いや、健気にも彼はこの2度目の「公開処刑」に
臨めるように、翌朝、きちんと寝坊せず起きれる
ようにと、死の数時間前、コンビニで夕食の弁当と
目覚まし時計を購入していた事が判明します。
おそらく、連日の業務とそれ以外の雑務に対する
疲労と心労が限界を越え、本人も死のうという意識
もないまま階段の柵から落ちてしまったのでしょう。


健介は決して無能な責任者などではありませんで
した。カリスマ社長の経営理念に心酔し、その
ノウハウを実際に現場で勉強して、愛する千秋と
共に尊敬する両親の店を更に大きくしてゆき、
「食」を通じて人を幸せにしたい、そんな理想を
抱き、自分の下で働くバイトの子たちに対しても
心配りを忘れない好青年だったのです。

彼がまさに今、柵を越え飛び降りようとする時、
千秋は「ごめん」というLINEの一言だけの
メールに異変を察知し、仕事終わりに急いで
駆けつけるのですが、運悪く入れ違いになって
しまい、出会うことは出来ませんでした。
綺麗好きだった健介の部屋とは思えないほどの
ゴミ屋敷と化した空間に衝撃を受けながらも
彼が疲れ果てて帰ってくる前にと部屋を片付ける
千秋の心情と、コンビニで弁当を買っていながら
、まっすぐ自分の部屋に帰らずアパートの最上階
へと上がってしまった健介の放心状態を思うと、
そのやるせなさに涙が出てしまうのです。

(つづく)






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